○文献にあらわれた武蔵(むさし)・多摩(たま)

○ 復右またみぎの瓊たまを囓かみて、右の掌たなこころに置きて、生なす児みこを、天穂日命あまのほひのみこと。此出雲臣これいづものおみ・武蔵国造むさしのくにのみやつこ・土師連等はじむらじらが遠祖とおつおやなり。

(日本古典文学大系67・日本書紀上・岩波書店刊)

○ 多摩川に曝さらす手作てづくりさらさらに何なにそこの児このここだ愛かなしき

(巻第十四・3373)

○ わが背子せこを何あどかも言はむ武蔵野むさしののうけらが花の時無きものを

(〃・3379)

(日本古典文学大系6・万葉集三・岩波書店刊)

○ 吉志大麻呂きしのおほまろは、武蔵の国多麻の郡鴨の里の人なり。

(日本古典文学大系70・日本霊異記・岩波書店刊)

○ 今ハ昔、武蔵ムサシノ国、多麿タマノ郡ノ大領ダイリヨウトシテ、大伴オホトモノ赤麿アカマロト云イフ者有アリケリ。

(日本古典文学大系25・今昔物語四・岩波書店刊)

○ 三浦平六是コレニ力チカラヲ得テ、江戸・豊嶋トシマ・葛西カサイ・河越カハゴエ、坂東ノ八平氏、武蔵ノ七党タウヲ七手ナナテニナシ、

<校注>

武蔵ノ七党―武蔵国在住の豪族の組織した七つの集団。丹治(たじみ)・私市(きさいち)・児玉・猪股・西野・横山・村山の七党。

(日本古典文学大系34・太平記一・岩波書店刊)

○ (畠山は)武蔵むさし七道相具して、 (日本古典文学大系37・義経記・岩波書店刊)

文献にあらわれた武蔵(むさし)・多摩(たま)

 種別なし

(明治13年1月1日施行)

体系情報
付  録
沿革情報
◆ 種別なし