東大和市旧跡

高木村外五ヶ村連合戸長役場跡

所在 東大和市高木2丁目106番地

指定 昭和49年9月20日

明治17(1884)年、町村制度の大改正が行なわれ、それまで村ごとに選出されていた戸長を、500戸を基準として連合した地域に、一人の官選の戸長をおくこととなりました。この地域では、高木、清水、狭山、奈良橋、蔵敷、芋窪の6カ村を一区域として任命された戸長が、高木神社隣の明楽寺に置かれた戸長役場で事務を執りました。

旧六カ村をまとめて一区域とすることにより、ほぼ現在の東大和市域が形づくられたといえます。今は当時の建物の大部分が失われ、社務所の西隣に書庫として使われていた土蔵を残すのみですが、東大和市の原形をつくりあげた最初の役所跡として、歴史的に重要な場所です。