第1編 第2章 基本計画の背景
第2章 基本計画の背景
1 市の地勢
本市は、都心から西方35キロメートルにあって、武蔵野の一角に位置し、東西5.3キロメートル、南北4.3キロメートル、総面積13.54平方キロメートルとなっています。
東は東村山市、西は武蔵村山市、南は立川市・小平市、北は埼玉県所沢市に接し、都心へ1時間の通勤圏にあります。
地勢は、北部に多摩湖(村山貯水池)を擁する狭山丘陵が東西にゆるやかに起伏し、中央部から南部にかけてはおおむね平坦地となっています。

2 市の沿革
本市に人間が住みはじめたのは、多摩湖遺跡群から発見された遺物によって、紀元前2万年から1万年の旧石器時代であろうと推定されています。
紀元前3千年から2千年には集落が形成され、その後、人跡のとだえた時期もありましたが、7世紀から8世紀には、人々が定着しはじめました。
12世紀には武蔵野の開発に手がつけられ、17世紀に入ると江戸城の修復のために青梅街道が開通して、人馬の往来が激しくなってきました。
その後、武蔵野は尾張徳川家の鷹場に指定され、18世紀末には新田の開発が進められましたが、生産力は低く貧しかったことが伝えられています。
そして、明治4年には、芋窪、蔵敷、奈良橋、高木、後ケ谷、宅部、清水の7か村(後ケ谷と宅部の2村は明治8年に合併し、狭山村となった。)が廃藩置県制の実施に伴って神奈川県に編入されました。その後、明治26年には多摩地域の移管に伴って東京府に編入され、明治34年にはこの6か村の合併問題が起きて、大正8年には大和村(戸数770戸)が誕生しました。
当時は、畑作を主とし養蚕や家内平織ばたを副業とする純農村でありましたが、村山貯水池の建設(昭和2年)や東京瓦斯電気工業立川工場の建設(昭和13年)によって、村の性格は純農村から都市化のみちを歩みはじめました。そして、昭和29年5月3日には町制(人口13,052人)を施行し、大和町が誕生しました。
その後、昭和33年の都営住宅の建設をかわきりに都市化が進み、昭和45年10月1日には市制(人口45,902人)を施行し、名称を「東大和市」と改めました。
平成12年10月には市制施行30周年(人口78,060人)を迎え、首都東京の発展を支える住宅都市として現在に至っています。
3 人口
(1)人口規模
平成23年1月1日の人口は、おおむね82,000人と想定しています。
(2)人口動向
本市は、都心から1時間の通勤圏にあります。このため、首都東京のベッドタウンとして都営住宅等の大規模団地の建設により、昭和35年頃から昭和50年頃にかけて、人口急増期を迎えました。
こうした急激な人口の増加も、昭和50年代に入ると徐々に鈍化し、平成に移行してからは、微増の状況にあります。
今後は、平成23年を境にそれ以降は、横ばいから減少に向かうことが予測されています。



今後の人口動向を年齢区分別人口でみると、平成14年の生産年齢人口(15歳~64歳)が約5万5千人であるのに対し、第三次基本計画期間の終期である平成24年には、約5万3千人へと減少し、人口全体に占める割合も70.2%から64.0%となることが、また、年少人口(0歳~14歳)も出生率が伸びないことから、平成14年の1万1千人台のまま平成24年に推移し、構成比率で1ポイント強の減少となることが見込まれています。
一方、老年人口(65歳以上)は年々増加しており、平成14年の約1万1千人台から平成24年には、約1万9千人と7千人弱22.6%となることが見込まれています。
このような人口の動向から、今後は、都市活動そのものの量と質に変化を生じることが予想され、それらに応じたまちづくりを進めていくことも必要となっています。
4 産業
(1)農業
本市の農業環境をみると、大半の農地が市街化区域内にあることから、都市化の影響を強く受け、農家数・耕地面積ともに減少しています。平成12年における農家数は225戸、耕地面積は87ヘクタールと20年前の昭和50年と比べ半減しています。
また、経営形態も変化しており、専業農家が著しく減少しています。耕地面積が5~30ヘクタール規模の兼業農家が約半数を占める状況で、若い従事者が増えているものの総体的には後継者不足が進んでいます。
今後は、後継者の育成や近郊都市の立地条件を生かした、生産性と収益性の高い農業を確立していくことが課題となっています。
(2)工業
平成10年における市内の工場数は、平成4年時より僅かに増え180となっています。
従業者規模別にみると、3人以下の工場が増え、4~29人の工場が減っています。
業種別では金属製品製造業、電気機械器具製造業の順で減ってきています。
平成11年末における従業者規模4人以上の工場を、業種別にみると、電気機械器具製造業、出版・印刷、同関連産業、一般機械器具製造業が約67%を占めています。多数が零細規模で占められている傾向は変わらず、景気変動の影響を受けやすい状況にあります。
今日、長引く不況や多摩モノレールの開業で、工場の廃業などが多くなり、跡地への大規模集合住宅建設が進んでいます。このため、工業地域そのもののあり方について課題が生まれています。
(3)商業
平成11年における市内の卸売・小売業の商店数は818店舗で、平成3年時より21店舗少なくなっています。卸売業が若干増えているのに比べ、小売業は26店舗減少しています。業種別にみると、その他の小売業が増えたのに対し、織物・衣服・身回り品、飲食料品、自動車・自転車、家具・建具・什器等の小売業が減少してきています。
また、従業者規模別にみると、平成11年における従業者数4人以下の商店比率は平成6年の66.5%から60.6%に減少しました。一方、従業員30人以上の商店比率も微増に留まっており、小規模商店が半数以上を占めている傾向は現在も変わリません。
今日、幹線道路沿いに大型店、コンビニエンス・ストアや飲食店が進出する反面、一部の商店街に空き店舗が目立つなど、市民生活に密着した日用品販売を中心とする店舗の減少が新たな課題となりつつあります。
5 土地利用の現状と課題
本市における土地利用の状況を地目別土地利用比率の推移でみると、昭和45年の市制施行当時は、農業用地が24%、住宅地の11%を含む宅地比率が約20%、道路率は約6%でした。
これが、平成9年では、農業用地が約8%と大きく減少する反面、住宅地が約31%、道路率が約10%と増え、農地の住宅地等への転換によって都市化が進んでいることがわかります。
市のほぼ中央を東西に横断している新青梅街道を中心に北側と南側では、都市化の進み方が異なっており、地域の様子にも大きな違いがあります。
また、同じ南側でも東部・中央・西部では、まちづくりの経過の違いから、それぞれ特色のある土地利用が進み、まちづくりの課題も異なったものになっています。
(1)新青梅街道以北
狭山丘陵と並行し、旧道を軸として東西にひろがる芋窪・蔵敷・奈良橋・高木・狭山・清水地域は、昭和の初期まで、中心集落を形成していた地域でした。このため、昔を偲ばせる貴重な歴史的景観が数多く残されており、緑豊かな「ふるさと」と呼べるような街並みが連担しています。しかし、近年においては、都市計画道路をはじめとする基盤整備の遅れによる狭あい道路や小規模開発によって、低層住宅地としての住環境の保全・整備が課題となっています。
(2)新青梅街道以南
1. 東部エリア
東部の清原・新堀・仲原・向原地域は、大規模集合住宅・土地区画整理事業による基盤整備がおおむね完了している地域です。今後は、目的にそった環境の保全が課題となっています。
2. 中央エリア
南街地域は、東大和市駅周辺に小売店や飲食店が多く立地し、主要道路沿いには中高層住宅もみられます。その一方、木造の密集した住宅地も多く、市街地防災の促進や市街地環境の改善、あるいは、商業・業務の活性化が課題となっています。
また、中央地域では、一部を除き基盤整備が遅れており、小規模な宅地開発による不連続な市街化が進行しています。このため、今後は、秩序ある整備が課題となっています。
3. 西部エリア
上北台地域については、すでに大規模集合住宅、戸建分譲住宅による市街化が完了し、一定の人口が定着しています。
また、立野地域においては、多摩モノレールの開業と並行して土地区画整理事業が進められています。今後は商業・業務及び住宅の複合する良質な市街化が望まれています。
一方、工業地域については、社会情勢あるいは多摩モノレールの開業による利便性の向上などから、工場の移転及び跡地への集合住宅の建設が進んでいます。このため、基盤整備の遅れとともに住工用途の混在という新たな課題が生じています。
■都市の構造図(都市マスタープラン)■

6 国・都の計画
国・都による広域的な計画が、複数策定されています。主な計画とその概要は、次のとおりです。
(1)国の計画
- 第五次全国総合開発計画
国は、平成10年(1998年)に国土総合開発法にもとづく国土レベルの計画として、目標年次を平成27年(2015年)とする第五次全国総合開発計画「21世紀の国土のグランドデザイン」を策定しています。
この計画は、基本目標に多軸型国土構造のもと、「多様な主体の参加と地域の連携により、地域独自の財源と責任による個性ある地域づくり」を掲げています。また、「参加と連携」、「多自然居住地域の創造」、「大都市のリノベーション」などを開発方式としていることが特徴となっています。
- 第五次首都圏整備計画(基本計画)
平成11年(1999年)には、首都圏整備法にもとづき、目標年次を平成27年(2015年)とする第五次首都圏整備計画が策定されています。
目標とする社会や生活の姿として、「個人主体の多様な活動の展開を可能とする社会の実現」、「環境と共生する首都圏の実現」、「安全、快適で質の高い生活環境を備えた地域の形成」などをあげているのが特徴です。
この中で、本市の立地する地域は、東京中心部と社会経済的に一体な近郊地域と位置づけられています。
この地域の整備の考え方としては、「就労の場を強く東京中心部に依存した東京の通勤圏となっている地域であり、長時間通勤等の大都市問題を解決するためには、地域内の業務・商業・文化・居住等の諸機能がバランス良く配置された自立性の高い地域」をめざす必要があるとしています。
(2)東京都の計画
- 東京構想2000
21世紀の東京都がめざすべき中長期的(おおむね15年後)な将来像とその実現のための施策を明らかにしています。また、東京都の基本構想として今後の行財政運営の指針となるものです。
この計画は、21世紀の東京の望ましい姿を「千客万来の世界都市」としています。そして、これを実現するため「都民が安心して生活できる東京」など3つの基本目標と、「自然や文化が豊かに育まれるまちとする」など16の政策目標を掲げています。同時に「水と緑の骨格軸を形成する」など35の戦略的取り組みをあげています。
このなかで、多摩地域の役割を「首都圏中央連絡道路(圏央道)の整備などにより核都市連携都市軸を強化することによって、埼玉県南西部や神奈川県県央部をはじめ内陸部との交流を深めながら活力を高めていくことが期待されている。東京都区部にはない空間的なゆとり、技術系・芸術系などの大学の集中的立地、豊かな人材・自然環境などを活かすことにより、都区部とは違った独自の発展が可能な地域」としています。
また、多摩地域の将来像を「大学や先端型産業などの既存の集積を活かした産学公の連携が推進され、情報通信産業や教育系産業などが発展している。自然と親しみながらゆとりを楽しむ生活が営まれ、多様なコミュニティ活動やNPO活動が活発に行われている。そうしたなかから、都区部とは違った新しい生活スタイルが生み出されている地域」としています。
さらに、今後予想されるライフスタイルや就業形態の変化などに対応するための生活圏レベルの目標像として「鉄道駅を中心とする徒歩圏などにおいて、業務・商業施設や、病院などの公益施設等が適切に配置されるとともに、子育て・介護支援など生活を支援する機能の充実、SOHOなど働く機能を兼ね備えた住宅供給の促進などにより、職住が近接したコンパクトな生活圏」を実現することをあげています。
なお、本市を含む多摩中央部北エリアのコンセプトを、「豊かな自然と先端技術産業の調和した創造的な空間」としています。
- 多摩の将来像2001
多摩地域の振興を図るための基本構想として、東京都は、平成13年(2001年)8月に、「自立と連携」を基本理念とする「多摩の将来像2001」を策定しています。
この中で、15年後の多摩全体の将来像として「活力と魅力にあふれた多摩」を掲げています。さらに、その下に分野別・エリア別の将来像である「グランドデザイン1:東京の活力の一翼を担う多摩」及び「グランドデザイン2:全国に誇れる多摩の生活と魅力」を位置づけています。
また、重点的な取り組み項目として「南北交通の整備促進」や「ITの環境整備と活用」、「みどりのネットワークの形成」など10のチャレンジテーマを具体化しています。
この将来像を実現するための新たな仕組みづくりとしては、東京都をはじめ市町村や住民、事業者など地域を構成する各主体の協働・連携、あるいは、地方分権に伴う広域連携や市町村合併などへの取り組みを重要な課題としてあげています。
7 社会を取り巻く情勢
21世紀を迎えたまちづくりを着実に進めていくためには、現在、社会を取り巻いている情勢を前提とした的確な取り組みが必要となっています。
(1)人口の減少と少子高齢社会の進行
女性の社会進出や結婚への意識の変化などから晩婚化・未婚化が進み、人口は、今後長期的な減少傾向が続くものと見込まれています。
また、高齢化が急速に進行しており、平成27年には4人に1人が65歳以上の高齢者になると予想されています。その一方、出生数の減少により、少子化もさらに進行するものと見込まれています。
こうしたことから、今後は介護保険制度をはじめ、高齢者が地域の中で安心して生活し、健康で活力ある暮らしが送れるような仕組みづくりとともに、安心して子どもを産み育てることができるよう、住宅環境や保育・教育環境の整備などを進めていくことが重要となっています。
(2)地域活動の多様化
昨今、自由時間の増大、価値観の多様化、高学歴化などを背景に、仕事だけでなく家庭生活、生涯学習やスポーツ・レクリエーション、そしてボランティアをはじめとする地域活動等が重視されるようになってきています。
また、「特定非営利活動促進法」の制定でボランティアなど民間非営利組織、いわゆるNPOが活動しやすい環境も整い、地域社会における今後の活動が期待されています。
(3)循環型社会への移行
20世紀は都市への人口の過大な集中とそれに伴う社会経済活動の活性化による環境への影響が、様々な形で顕在化した時代といわれています。
その中でも、地球温暖化や酸性雨、オゾン層の破壊、ダイオキシン、環境ホルモンなどへの対応が緊急の課題となっています。
このため、平成5年には「環境基本法」、平成9年には「環境影響評価法」が、また平成10年には地球温暖化防止京都会議における議定書をふまえた「地球温暖化対策の推進に関する法律」などが次々に制定され、新たな環境政策への取り組みが始まっています。
(4)高度情報化の進展
パソコンとインターネットなどの普及により、日常の暮らしの中にも、情報技術の利用が急速に浸透し、様々な分野において変化をもたらし始めています。
これらの状況を踏まえ、国は平成15年度を目途に行政手続きについてインターネットを利用し、ペーパーレス化を図るなど、「電子政府」への取り組みを進めています。
今後も高度情報化社会はさらに進むことが予想されます。このため、市町村においても市民サービスの向上や地域の活力づくりに向けて、安全性に配慮しながら各種情報通信技術の積極的な活用に努めていく必要があります。
(5)地方分権の推進
個性豊かな地域社会の形成、少子高齢社会へのきめ細かい対応など、新たな時代の要請に応えていくため、平成7年5月に地方分権推進法が成立しました。これにより、国と地方自治体、都道府県と市町村の関係が、これまでの上下・主従関係から対等・協力関係に改まり、「地方自治の本旨」の実現がより身近なものになりました。
このため、市町村においては、地域の要望を的確にとらえ、実情に応じた政策の立案・決定・執行を基本とした行政運営を進めることが必要です。
また、一層の透明性を確保できるよう広範な市民参加を促し、市民と行政との連携協力に努めていく必要があります。


